MENUCLOSE

PIETRO HISTORY

一軒のレストランからはじまったピエトロの歴史をご紹介します。

  • 1990

    ドレッシング製造工場(現、古賀第一工場)を福岡県古賀市に竣工

    1988年の生産量は、年間約18万本。1989年には大阪営業所を開設し、関西でもドレッシング販売が本格化したので、年間約670万本。そして創業10周年を前に、福岡県古賀市の食品加工団地にドレシングの製造工場を竣工しました。

  • 1991

    「ライトタイプ80」販売開始

    ヘルシー志向が徐々に高まる中、「ライトタイプ80」(オレンジキャップのピエトロドレッシングの20%油分をカット)を発売開始。この後、ドレッシングの健康志向はどんどん進んでいきます。

  • 1992

    海外1号店「アンジェロピエトロホノルル店」オープン

    和と伊(イタリアン)のコラボレーションのスパゲティの味は、ハワイに住む人々にも受け入れられました。創業当時から人気のあった「生じゃがサラダ」が、ハワイのお店で大ヒット。生のじゃがいもと大根を千切りにするサラダを自宅で作るのに、キッチン用品のお店のスライサーが売り切れたとか。今では、お店の場所をワイキキの北東、ハワイ大学があるカイムキ地区に移し、地元の皆様におなじみの店になっています。

  • 1993

    関東1号店「ピエトロズパスタ渋谷店」オープン

  • 1995

    レトルトパスタソース 販売開始

    創業してしばらく経ったころ、「ピエトロのスパゲティを家でも食べたい」と、福岡から転勤してしまったビジネスマンのお客様から言われたことがありました。ご自宅でも、手軽においしくピエトロの味を楽しめるパスタソースの商品開発が実り、レトルトパスタソースの販売がはじまります。

  • 1996

    古賀第二工場を福岡県古賀市に竣工

  • 1998

    ドレッシングのテレビCM全国ネット放送開始

    当時は、ドレッシングの、しかも地方のメーカーがテレビCMを流すなど、とても珍しいことでした。ピエトロは、俳優の小林薫さんが主役の“サラダ課長”シリーズのCMを全国にオンエアした結果、「ピエトロドレッシング」が広く知られることとなり、年間生産量は1700万本へと一気に成長します。

  • レストランのバルコ-ネ事業開始「ピエトロバルコ-ネ長尾店」オープン

  • 2000年代